風の色

令和3年度歳末行脚
2021.12.09

本年は遠野市で歳末助け合いの行脚でした
小雨の降る中、また残雪の中、太鼓とお題目の祈りを込めました
浄財は遠野市へ寄付致しました

風の色(十六)
2021.12.05

風の色(十六)
かつて、私が尊敬する故松生先生は「もし人類のヘソの緒を引いたとしたら、そこから総てのものが出てくる」と、言われた。
その至言の指すところ、そのヘソの緒に連なる糸こそ尊い“いのち”に他ならないことが漸く氷解できた。
人類総てが、過去から現在そして未来に至るまでこの不易な糸の道を歩んできた点、まさに“一筋の道”に連なっていると言える。
それは、自ら求めて得られるという道ではなく、すでに久遠に頂いている有り難い道なのである。
その意味でもともと浄土の世界と言ってよい。
ところが、我々はその道を忍難の娑婆としか見ない。でも、“いのち”そのものから観ればはやはり浄土なのである。
法華経は、娑婆世界をもともと常寂光土という理想社会と説いている。
当然そこに住む凡夫である我々は、浄土に包まれ、一人も例外なく本佛〈大慈悲心〉の意(こころ)を内包していることになる。
よく、自暴自棄になった若者が「頼みもしないのに親が勝手に生んで」と、言って、まるで自分が虫ケラ同然の不幸者と見做して、親を憎み哀れな人生を呪う姿に出会う時がある。
もとより人間の存在は、この世にとって尊く必要な存在として前述の“いのち”に連なっているものである。
我々は、この大前提を忘れずに伝えていかなければ前の不幸を繰り返すことになる。
例えば、母親が言葉も知らない緑児に向かっていとおしく語りかける姿は、まさに本佛の意を内包していなくては出来ない行為であり、向い合う緑児は、その行為によってはじめて尊く必要な存在になる。
母子に限らず相互に尊く必要な存在が真の浄土ではあるまいか

ペット納骨 / 兎 : 岩手県奥州市
2021.12.03

【過去事例】ペット供養依頼
高校時代に一緒に暮らした思い出を話してくれました
家族でお別れをしました
10代女性からの依頼でした
ペット納骨 / 猫(雑種) : 岩手県奥州市

水子供養 / 死産 : 岩手県奥州市
2021.12.02

【過去事例】水子供養
第3子目を死産で無くしました
辛くて言葉になりません
その様に話された家族は皆でお参りに来ました
家族全員で焼香しました
30代女性からの依頼でした
水子供養 / 死産 : 岩手県奥州市

祈祷 / 渡航安全 : 宮城県利府町
2021.11.30

【過去事例】祈祷依頼
海外へ長期出張とのことで、渡航安全と業務達成の祈祷をしました
初海外とのことで大変不安な毎日を過ごされていました
お守りを授けました
40代男性からの依頼でした
祈祷 / 渡航安全 : 宮城県利府町

風の色(十五)
2021.11.28

風の色(十五)
実は、青年期の糸と言っても自分で紡いだ糸ではなく、そのよってきたる根源は自分の生まれる以前より更に遠く父母未生にもさかのぼるかけがいのないものではないかと、今頃になってそのことに気がついてきた。
いや、今頃とは笑止千万、お陰様で教えて頂いたというべきだろう。
過去遠々の積り積もった善業や悪業が、無限の時を経て現在の自己につながっていることは自明のことである。
その間、どう転ぼうが起きようがそこには一貫して不変なものが流れている。
それが“いのち”(ご本佛から授かった尊い命)である。
その“いのち”の存在に係わり、問いかけることが漸くできたと言える。
それは、単なる観念的なものでなく信仰という体験が育んでくれた感性しかないように思う。
自己というのが自分だけの存在でなく“いのち”との関係ではじめて成り立っていることがおぼろげながらわかりかけてきた。
そして、その心の正体が、見えざる糸から繰り出されてくるご本佛のはたらきであることも確かだ。
幼いとき経本を涙で濡らしたり、師父と倶に歩いた寒修行、そして撃鼓行脚してきた体験から、何故あのように無心に大きな声でお経やお題目を唱えられるだろうかと考える時、やはりそれは“いのち”との感応なくしては唱え難いものだからである。
発菩提心にせよ菩薩行にせよ、この“いのち”との感応あればこそ価値あることを、釈尊が法華経の寶塔品の中で「皆是真実」と言わしめたものである。
終生、前述のかけがえのないものを見つめつつ生きねばと思うこの頃である

人生相談 / 病気相談 : 岩手県奥州市
2021.11.27

【過去事例】人生相談依頼
病院から処方されている薬を飲むと具合が悪くなります
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運命鑑定にて処方薬の有無を鑑定しました
80代女性からの依頼でした
人生相談 / 病気相談 : 岩手県奥州市

ペット納骨 / 猫(雑種) : 岩手県奥州市
2021.11.25

【過去事例】ペット供養依頼
この子ね、漫画のように、段ボールの中に捨てられていたの
歩いていたら、目が合ってね。それからなの
この子との10年間は楽しかった
ありが体10年でした。とお話しされました
感謝の法要となりました
60代女性からの依頼でした
ペット納骨 / 猫(雑種) : 岩手県奥州市

書道を習い始めました
2021.11.23


「お坊さんは字が上手い」
皆様はその様なイメージをお持ちではありませんか?
私はそのイメージの重圧にいつも押しつぶされそうになっていました
恥ずかしながら、自分の字は汚く、何度も落ち込むことがありました
住職になり、6年目、ご縁が有り松本先生に習字を習うことにしました
少しでも字に自信が持てる僧侶になりたいものです
最後に、習い事は年齢関係ない事に気付きました
清々しい気持ちで向き合えております
※画像は書家の松本先生です

松勢工房

https://matsuseikoubou.com/

風の色(十四)
2021.11.21

風の色(十四)
青年期の糸で限り無く愛しい思い出がある。
日蓮宗の本山である鎌倉の本覚寺で一ヶ月余り文字通り居候しながら大学に通ったことがある。
ここの貫首様は師父と親友の仲、好きなだけ居なさいと歓迎してくれた。
ことあれば法要に出仕してお手伝いする時があつたが、たいていは自由に振る舞えた。
そこで、この機会にと日蓮聖人のご霊蹟を訪ねたり、由緒ある史跡を歩きまわりながら静かで落ち着いた鎌倉の歴史的風土を存分に満喫した。
境内の雑用は仲の良い老夫婦が早朝から夕刻まで働き通しだった。
お二人は熱心な信者、境内の片隅の小さな庵に住まわれていた。
時々、遠慮しながらお邪魔したことがあった。
老夫婦は何時も明るく迎えてくれた。
立派な書院に半ば緊張しながら寝起きしている私にとっては自坊(水沢の寺)に帰ったようで、狭いながらも自然と気が和み親しみが湧いてきた。
ある時、老夫婦からこんなことをきかれた。
「気になさらないで下さい」と断って「書生さんの鼻の真中(急所)に傷跡がおありだが、どんな事情か分かりませんが、危ないところだったでしょう」と。
小さい頃に、二度も同じ所を怪我した体験をお話した。「書生さんはその傷のお陰で一生悪いことが出来ないね!それはきっとお釈迦様(久遠の本佛)のお計いですよ、有り難い傷と思って大切になさるんですな」と。
当夜、その言葉を繰返し繰返し、夜が更けるまで寝床で考えた。
ひそかに醜いと気に止めていた鼻の傷、見方によって尊く感じられた事に不思議な興奮を覚えたからだった。
今の今まで佛意のようなこの糸も切れないでいる