風の色
- 祈りと信仰(五十四)
- 2023.12.10
祈りと信仰(五十四)
『自分という名をもった人間』
私的な事で恐縮ですが、かって、久慈高校で二年の学級担任の時ですが、最初からまとまりに欠けるところがありまして、どうしたら協力していけるかの問題を、およそ一週間に及び徹底して議論が尽きるまで延々と話合いをさせた経験があります。生徒は、日を追ってイライラした状態が増す一方、何とかまともな意見が大勢を占めるまでと根気強く耐えましたが、思うようには至りませんでした。
冒頭の言葉は、その後、教室の後の壁に書いて、以後の学校生活のテーマにと呼び掛けたものです。前述の教室風景は、まさに此の現実社会の縮図に外なりません。みんな様々な憶測と価値基準で利害を衝突させているのです。
法華経は、この利己社会のために釈尊が遺しおかれたみ教えです。
他に自分の欲を求めることがなく、先ず心から自分より先に他に与え、かつそれによって他の苦を少しでも楽にしてあげる慈悲心を大切に教えております。
これを「抜苦与楽」と申しております。
この抜苦与楽を行なっているときが真の自己に出会っている時と云えます。
「自分という名を持った人間」から「抜苦与楽」の自己への橋渡しが法華経と思って戴ければ幸いです
- 人生相談 / 人間関係 : 岩手県北上市
- 2023.12.07
【過去事例】人生相談依頼
70代から始めたパート先の人間関係に悩んでいます
慣れない清掃業で失敗が多く、上司から暴言を浴び続け精神的に参っています
汚い仕事ばかりを、部下にやらせて、自分は楽な仕事しかしません
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今後の職場人間関係を運命鑑定で見て、今後の事を話し合いました
70代女性からの依頼でした
人生相談 / 人間関係 : 岩手県北上市
- 水子供養 / 堕胎 : 東京都八王子市
- 2023.12.05
【過去事例】水子供養
遠方で暮らしいてる次男の水子供養を行いました
申し込み、参列は母親一人でした
今度、息子さんも来るようにお話をして、本人からの供養の約束をしました
50代女性からの依頼でした
水子供養 / 堕胎 : 東京都
- 祈りと信仰(五十三)
- 2023.12.03
祈りと信仰(五十三)
どの様な社会にあっても、すべての人間が苦しみ、悩み、そして自分自身ばかりでなく多くの人々が同じような状態でいることを示唆して、その解脱(解き離れる・彼岸・涅槃の境地・〈ニルバーナ〉)の道を説かれたものが、仏教であり、釈尊の説かれた教えでもあります。
いつも出発点がここにあることを銘記しておくべきものと思います。
どの経典もこのことに対して様々な角度から説いたものと言えます。
しかし、経典も最後の方になって法華経や涅槃経のように究極の教えを説いて人間の真実の姿とは何かを説いておかれました。
法華経の法師品第十章に『衆生を愍むが故に、此の人間に生ずるなり云々』と。
本来、私どもは、この世を希望して生れたものであることが説かれております。
真実の自己とは、実にこの辺に見え隠れているようです。
つまり、真の自己を知ることによって彼岸の道が開かれてくるものといえます。
《あなたの人生において必ず出会わなければならない人とは、自分です。》
- ペット納骨 / 犬(柴犬) : 岩手県奥州市
- 2023.11.30
【過去事例】ペット供養依頼
16年一緒に暮らしたワンちゃんでした
10年間、納骨できずに、お墓を探していたそうです
孫から、近くのお寺で納骨できると聞き、来寺されました
10年間の思いが、法要中の涙が表していました
80代男性からの依頼でした
ペット納骨 / 犬(柴犬) : 岩手県奥州市
- 祈祷 / 出産お礼参り : 岩手県奥州市
- 2023.11.28
【過去事例】祈祷依頼
子宝成就の祈願を夫婦で受け、その後に妊娠の連絡を頂きました
その後、安定期に安産祈願を行いました
無事に出産し、少し落ちついた頃にお寺へ感謝のお礼参りにお越しいただきました
30代夫婦からの依頼でした
祈祷 / 数珠開眼 : 岩手県奥州市
- 祈りと信仰(五十二)
- 2023.11.26
祈りと信仰(五十二)
「深く因果を信じて一実の道を信じ、佛は滅したまわずと知るべし」
法華経観普賢菩薩行法経法華経の中に、法華経を広めることについて、釈尊の御在世ですらなかなか難しく、まして釈尊滅後の末法の濁乱であるこの世においては尚更のこと怨みや嫉みが多いので、そこを忍んで菩薩行を実践していけば、必ずその人の周りには如来の遣わした変化の人が現われて、守護してくださる。
能く能くこのことを信じて法華経の実践に精進することを説いている。
所で、この世に無垢のまま生を受けた筈の人間が、娑婆の汚泥に染まるにしたがい疑いの心を身につけてしまい、正直に信ずる心を失いかけてしまった。
これも持って生まれた悲しい業といえる。
しかしながら、有り難いことに元々から佛性を備えているが故に、私たちは必死に信ずるものを求めて生きている。
所で、同じ信ずる心といっても様々である。
自己流で作り上げた世界観を信じて生きる場合と、釈尊以来の法華経の世界観を信じて生きる場合がある。
菩薩行の実践とは、妙法蓮華経の教えを一切疑わず心から信じて行うまさに求道の姿であり、後者の立場である。大法の中に生きるのと自己流の世界観に生きるのとでは天地の違いである。
ご本佛様は貴方のすぐ傍に居られる。
だからこそ、まず大法を素直に聞く心を育ててご本佛様の大慈悲心に生かされたい。
一実の道のもつ意味は甚深である。
- 人生相談 / 病気 : 東京都港区
- 2023.11.23
【過去事例】人生相談依頼
長女の夫が末期癌で余命宣告を受け、長女の夫にどの様に声をかけたら悩んでおります
余命宣告の時間経過が当たっているか運命鑑定で調べて欲しいです
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運命鑑定をし、早い段階で長女の夫に会いに行くよう伝えました
70代女性からの依頼でした
人生相談 / 病気 : 東京都港区
- 水子供養 / 堕胎 : 岩手県奥州市
- 2023.11.21
【過去事例】水子供養
岩手で水子供養ができるお寺を探してこられました
高校卒業後、直ぐに妊娠して堕胎した水子を供養したいとのことでした
初めての供養から、毎年、供養法要を行っています
20代女性からの依頼でした
水子供養 / 堕胎 : 岩手県奥州市
- 祈りと信仰(五十一)
- 2023.11.19
祈りと信仰(五十一)
ことわざに、「人の一寸は見ゆれど、我が一尺は見えず」とある。
日頃から、我が心の内を見ないでいると、つい他人の欠点だけが目につきやすいものである。
その心の中を覗いてみると、他人どころでないことに気がつく。
そこで、次の文である。
「しばしば他面を見るに或時は喜び、或時は瞋り、或時は平らかに、或時は貪り現じ、或時は痴を現じ、或時は諂曲なり、瞋るは地獄、貪るは餓鬼、痴は畜生、諂曲なるは修羅、喜ぶは天、平かなるは人也。云々」
日蓮聖人の御遺文『観心本尊鈔』より
この文は、一般に六道輪廻と云って我々凡夫の心の有様を示されたものである。
人間は、一生の間この繰返しで終わったらどこにも救いがない。
どれを取っても苦の種だからである。
かといって、誰でも進んで悪を好む人はいないばかりか、出来ることなら心根は優しく、争いもなく皆等しく幸せを望んで生きようとしている。
一体何故だろうか。
それは、もともと佛様のような慈愛の心が同居しているからに他ならない。
それがたまたま隠れて見えないだけなのである。
つまり同居していながら中々出会えないでいる。
或る人は、形は人間なれど心は動物のような存在を真に人間の心たらしめるのが人生の目的と云ったが、当を得たものと云えよう。実は、本願と云って心に住む同居人(ご本佛様)はあなたと出会うことを願っている。
