風の色

風の色(二十六)
2022.02.20

風の色(二十六)
二十代後半のころ、自分の生命が尽きる時(死)について真剣に考えていた。
ずばり四十代前半と思っていた。
何を今更「五十三年の歳月を生かして頂いて、何事か」と。
風の如く通り過ぎた若いころを回顧している。
教員となった最初の赴任地が、久慈(岩手県内)であった。
私にとってこの地の風土が、内陸に住んでいては到底感じられないロマン的なものに映った。
また、不養生が原因で、病床の中で知り得たキェルケゴール(短命の実存主義哲学者)の作品に心震わせ、潮騒の音で目を覚ました日々は、いやがうえにも詩情をかきたてた。
このままで生きて、せいぜい四十歳そこそこと。
不安は隠せなかった。
確か数え年四十二歳(いわば本厄)の時である。
原発性アルドステロン症という二次性高血圧のため左副腎を摘出した。
入院中は日夜、以前から脳裏に潜んでいた「生命が尽きる時」を意識し続けていた。
もしかしたら「本当かも知れない」と。
人生の中で、死と真剣に向き合ったのはこの時期である。
以後、幸いにして生命を頂いているが、そのことの意味を、退院直後に考えたものだった。
「おまえは、娑婆の修行がまだ足りない、やるべき仕事が済んだら来い」と。
きっと、ご本佛様の思し召しに違いないと思った。
それ以来というもの「生命が尽きる時」とは、こちらが推し量ることより、ご本佛様のご意向に添えば安心と思うようになった。
そして、何より「やるべき仕事」を求めて(求道)生き通すことしかないと。

命限り有り、惜しむべからず、遂に願うべき者は、佛国なり。
《日蓮聖人 / 富木入道殿御返事》