風の色

風の色(三十六)
2022.05.08

風の色(三十六) 
最近、何時とはなしに心の中でこんなことを呟いている。
『今、おまえは、人生の中で何か心の中に大切な忘れ物をしていないか』と。
いつものように朝勤を終えて部屋に戻り、着替えをしていろ時に、何故か懐かしい師父の姿が思い浮かんだ。
私が幼い頃のことであろ。
今は亡き師父が、山菜採りのためによく営林署のトロッコで出かけていた。
帰ってくると必ず山菜以外のものを手にしていた。
それは道すがら周辺に捨てられた金具のようなもので、ネジとかボルトといった機械類の部品のようなものが多かったが、その中で特に珍しい大きな健があった。
まるでこれを宝物のように大切に磨いてしまっていた。
今も物置の奥の引き出しに格納されていると思うが、当時は、高邁で厳格な師父の姿からは想像もできず、何となく私の童心に繁がっているようで妙な気持ちだったことを覚えている。
何も役立たないものなのにどうして集めていたのか未だもってわからない。
しかし、いつかきっと役に立つ大切なものと信じていたのかも知れない。
ところで、私に『何か忘れ物をしていないか』と、問うその心の主は果たして誰か、その心の主に出会えばきっと忘れ物の箱の中にある見事な宝物を見せて呉れるに違いないと思った。
そして、その箱を開ける鍵こそ私の生き方の中で見つけなければならないことを。
法華経には、存在する総てのものは、一つとして役立たないものは無いと説いている。
今、日頃から心の主を訪ねていない自分を見つめている。