風の色

祈りと信仰(二十五)
2023.05.07

祈りと信仰(二十五)
私の小さい頃と今とでは、お盆も種々様変わりしている。
前は、日が暮れる頃からぽつぽつ来られ、夜の八時ごろになると暗い墓地のあちこちに迎え火が灯り、辺りが賑わいでくる。
その明かりに照らされた合掌の姿が幼な心にも清楚で美しかったという印象である。
今は、早朝からの墓参である。
夜になると人もまばらで八時にはほとんど影もない。
しかも、迎え火を灯す方も希である。
服装も、その多くは、よそ行きから普段着へと変わった。
ある人いわく「早めに済ませたい、しかも涼しいうちにお参りしたい」と。
お盆に限らず今の時代は、自分の楽を優先し、更に略せるものなら手短に主義になってしまった。
ある葬儀に出座した時である。
驚くほど短いものであった。
葬儀が終わって退場する廊下でその導師である住職に囁いた人がいた。
「今日のはスマートで大変よかったですよ」である。
昔の方々は時を大事に考えた。
だからその場なりの時を心得ていたから手抜きなど互いに出来なかった。
また、特に神仏に対する畏敬の念が深く、それがため神社仏閣に詣でる姿は正装に近い所以である。
時と云い姿と云い今昔はあるが、人の心には今昔はないはず。
「掌を合わせ昨日今日明日のこと、墓石に映つる吾が心」